2010年03月11日

 本日は、総務文教委員会の第1日目。対象部局は、1部が議会事務局をはじめとする各種委員会等。2部が知事政策局です。各種関係はいつもほとんど質問もなくアッと言う間に終わるところですが、自民側から2人が質問していました。その後、本日のメインディッシュ、知事政策局に係る質疑に移ります。

 各議員から様々な観点からの指摘がなされる中、私は午前と午後をまたぎ大項目2つについて質問致しました。詳細は以下に記しますので、お時間がある方はご覧になってみて下さい。

 委員会終了後、すぐに上越へ。アイスホッケーに通いだした長男次男の練習の合間に合流し、妻と彼らに「おみそ」としてくっつく長女と一緒にリージョンプラザ2Fでお弁当夕食を食べました。議会中は家族との交流時間も必然的に少なくなるので、とてもありがたいひとときです。

 夕食後は、妻と長男次男は引き続きアイスホッケーの練習へ、私は長女を連れてバスケの練習へとGO!!いつか長男次男とともにバスケもしたいものですね。

 明日明後日は「総務管理部」に対する質疑です。さーて、何を聞こうかな(笑)

<質問概要>
1、移動知事室について
Q:実施に至った経緯と、初めてを上越に選んだ理由
Q:実施後の記者会見で、知事が言っていた「新しい発見」とは何だったのか
Q:「新しい発見」が新年度予算にどのように反映されているのか
Q:見つかった課題は何か。また、効果検証・課題整理の必要性について
Q:今後実施する上での基本的考え方について
Q:奈良県で行っている「移動『副』知事室」に対する県の見解について
 ⇒これらを伺った上で、次の2つを要望
①次に移動知事室を行う際にも「上越を」と強く要望
②次来たら新幹線新駅視察を行う等、タイムリーな課題に係る現場主義を貫いてほしいと要望

2、政策プランについて
Q:議会でたびたび指摘される「部局横断的対応」がまだ目に見えづらくその効果も分かりづらいので、この点を最上位計画たる「政策プラン」に具体的な項目として載せるべきではないか

Q:政策プランの進捗状況を図る調査の具体的手法について

Q:政策プランの数値目標の設定・設置のあり方について
⇒細かいようだが、ここでの問題意識は、サンプル数が少なければそれだけ数値が年ごとにバラつくわけで、それと的確な目標数値の設置のバランスを今後どのように行うのかということ。例えば、男性の育児休暇取得率は、県目標3%に対し平成18年0%となっていたり(平成20年0.8%)、女性の育児休暇取得率は目標85%に対し平成20年88.6%で初めて目標値を上回ったが、これをもって来年の目標値を上げるべきなのかどうかなど。

Q:同じく数値目標を課している「新潟県次世代育成支援行動計画」で、目標から離れる一方の課題も一部載せるべきではないか。
⇒この問題意識は、例えば「次世代育成計画」では「中山間地域へのIターン・Uターン者数」を平成22年目標9000人に設定しているにもかかわらず、平成15年は8198人、平成16年8008人、平成17年7611人、平成18年7241人、平成19年6990人、そして平成20年6693人と減るばかり。一方で、「政策プラン」の中山間地対策に係る各種数値は目標値に向かって上昇傾向にある。「政策プラン」の究極の目標は、県民の幸せ感覚を向上することと「県人口を増加させること」です。だとすれば、一見上昇傾向に見えつつも実際の人口対策に実を得ていないのであれば、そういった数値こそあえて「政策プラン」にも載せ、重点課題としてより力を注ぐべきではないか、といっった観点での質問。

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2010年03月10日

 本日は議案調査日ということで、議会はお休み。

 議会執務室の開業時間は、8時30分に始まり、議会開会中は17:45分まで、議会閉会中は17:15分までが基本です。本日は9時すぎに執務室入りし、以後、10時から11時すぎまで財務課、15時から16時30分まで教育委員会と、ところどころに役人レクをちりばめ、その合間を質問づくりをはじめとした事務作業に没頭します。

 17時すぎには執務室を出て宿泊先へ。この日蓄積した知識をアウトプットするべく、改めて資料を読み込んだりパソコンとにらめっこしたりと、目を酷使しちゃいました。

 ところで、私最近、「YOUTUBE(ユーチューブ)」をよく観るんですよ。無料で動画が見られるという、メディア関係者がガクガクブルブルしそうなサービスで、ウィキペディアによれば「Youは『あなた(視聴者)』、Tubeは『テレビ(ブラウン管)』という意味でありYouTubeは『あなたが作るテレビ』という意味合いが込められている。これには、『個人が番組を作り、配信して楽しんでほしい』という願いが込められている」とか。つまり何でも観ることのできる嬉しいサービスなんですよね。

 私の最近の使い方は、曲を聞くこと。特に、バッハの曲が好きですね。これを気に入った演奏の動画で流しながら質問資料なんかを読む。テレビと自前のパソコンしかない宿泊先の一室で、これがなかなかに心地良いんですよ!

 さて、お次は何にハマろうかな(笑)。家では滅多にテレビを見ず曲も聴かない私にとって、「YOUTUBE」の画面から文明開化の音が聞こえてくるようです。

 

  

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2010年03月09日

 本日は今議会最後の一般質問。通常6人のところが、本日は5人と早めに終了したので、残った時間を明後日から始まる総務文教委員会の準備、つまり役人レクに充てました。

 気づくと17時30分をまわっていたので、宿泊先へと直行。18時から懇親会です。

 懇親会を早めに切り上げホテルに戻り、ほろ酔い気分で資料を読み込むとともに、質問の骨格を考えて一日が終了しました。

 ブログを再開してから、数人の読者から「長くて難しい」とのお声を頂戴したので、今日はちょっとだけ(?)短くしてみたので、あしからず(笑)

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2010年03月08日

 午前中、板倉区筒方(どうがた)の「そばまつり」に参加。同時刻に大手町の「こども会」も行われたので、「そばまつり」は私が次男(5歳)と長女(3歳)を連れて、「こども会」は妻が長男を連れてと、家族の連係プレーをもって顔を出させて頂きました。
 筒方は典型的な中山間地です。その例にもれず、若い世代の都市部への流出が激しく少子高齢化が急激に進む地域ですが、住民の方々が何とか地域を盛り上げようと、一丸となって素晴らしい活動をされている地域なのです。その活動の一つとして、廃校となった小学校を使って毎年この「そばまつり」を行っているのです。ここではメチャクチャ旨いそばが食べられますので、これを御覧の方々には、是非一度でも訪れて頂きたいですね。私もお土産にたくさん買い物をしてしまいました。

 午後、IMタクシー労組の定期大会に出席。会社が北陸新幹線の仮称・新上越駅の近くにあるため、専ら北陸新幹線問題とその取り組み状況などについて話をして参りました。
 その後は、お世話になっている方々数件をあいさつ回り。家に戻ってからは、議会質問に向けてのお勉強タイム!!と思いつつ、ベッドでゴロゴロしながら小説を読んじゃいました。

 夜、高田スポーツセンターにてバスケ練習。私の楽しみのひとつです。いつもはケガしないよう手加減してやっているのですが、本日は結構厳しくマークされたので、徐々にヒートアップし、真面目モードに。ところが、その気持ちに足がついていきません・・・・。まだまだ若いと思っていましたが、年齢による衰えを感じずにはいられません。正直切ないものですね。あさって以降の筋肉痛が心配です(笑)
 本日、日頃から真面目に練習しなければ体力は落ちる一方だということを教わったので、今後は今までよりもすこーしだけモードアップして参りましょう!

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2010年03月07日

 今日は午前中、県立直江津高等学校の卒業式に出席。実は、上越市内ではこの他にも2つの高校が卒業式を迎えられたので、「どこに出席すべきか」と大変悩ましいところでしたが、一番先に案内状が来た直江津高校に出席させて頂くことに決断。誠に恐縮ながらも、他の2校は私の妻と秘書とで代理出席させて頂きました。ということで、どこが優先というわけではありませんので、あしからず。

 直江津高校に到着すると、「校長室」という名の来賓控室に通され、他の来賓の方々としばし懇談する機会を頂きました。その中で、各人の配布資料に入っていた「あかしあ」という小冊子に話題が及びました。これは生徒たちからの寄稿をもとに年1回作られているものだとか。すると、おもむろに校長先生が昔の「あかしあ」を棚から引っ張り出し、私たちに見せてくれました。
 
 私が拝見したのは第5号。この日に頂いたのが61号でしたので、56年前のものです。煤け・茶色シミ等、表紙に傷みが見受けられたので、壊れ物を扱うように丁寧に開くと、なかにはびっしりと文学たちが踊っていました。
 じっくり読んでいる時間がないため斜め読みしようとしましたが、文字たちがそうはさせてくれませんでした。例えば、6、7ページ目は学生からの投稿で、ペンネームは「田舎紳士」。書き出しはこうです。
 「何に恨みがあるか知らないが、恨みつらみの絶えないのが人生だ。すべて恨みであり、憤怒であり、不平不満の連続である。これでよくもまあ人間が生きていると思うと却つて可笑しくなる。・・・・・」
 この迫力!「これが当時の高校生なのか・・・」と圧倒されてしまいました。
 
 これ以外にも、多くの学生から寄せられた小説や詩などで構成されていて、そのどれもが同様の迫力を帯びていました。IT化が進み映像や情報があふれ出る今の世の中と違い、当時は文字が主なツールでしたので、それだけ気持ちが込もるのでしょうが、それにしても終戦直後の日本人の強烈なパワーは凄まじいですね。

 直江津高校は来年創立100周年を迎えますが、同時にその年度をもって中等教育学校に発展的に移行します。歴史ある県立直江津高等学校が姿を変えてしまうことは、地元の方々や卒業生の方々にとってまさに痛恨の極みでしょう。ですが、「あかしあ」に寄せられたような伝統・文化、そしてなによりも熱き直高魂は未来永劫ずっとこの地に生き続けます。直江津高校の偉大なる歴史に感謝するとともに、先人たちの想いを受け継ぐ中高一貫校の新たな一歩に大いに期待します。

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