2010年03月02日

 本日は一般質問1日目。6人の議員が質問に立ち、うち3名が私の所属する「民主にいがた」です。
 「質問」と「答弁」の時間を足すと、ひとりあたりおよそ1時間程度かかります。それを見込んで「自民⇒民主⇒休憩」を3セットするのが本会議一般質問1日目の一般的な流れ。従って、10時から始まり、1時間の昼休憩をはさんだ17時半頃が終了予定時刻となります。
 同会派の議員からは質問要旨が配られますが、それ以外の議員については何も配られないため、ただただ耳で議論の行方を見(聞き)守るのみ。これが結構大変なので、本会議が終わるとドッと疲れが襲ってきます。今後、質問者全員の質問要旨を各議員の手元に配布することを是非検討して頂きたいものですね。

 本日印象に残ったのが、自民党が民主党に対する攻撃の手を強めていることです。政権交代以降からそうでしたが、今日は特にそう感じました。政治と金の問題や公約順守に対する姿勢などから鳩山内閣に対する支持が冷めつつある。その中での、先の長崎県知事選と町田市長選の敗北。自民党にとっては、ここをまさに勝負所と捉え反転攻勢に出たいという気持ちの表れなのでしょう。とはいえ、その自民党の支持率も横ばいか低下とジリ貧ですが。
 
 本会議終了直後、緊急党議の招集がかかりました。「一体何だろう?」と考えながら応接室に向かうと、市川幹事長から、福井県議会から打診のあった「北陸新幹線の整備を推進する議員の会」に、「民主にいがた」が加入するか否かについての議題が提起されました。
 遡ること1月中旬、福井県議会の民主党系会派「民主党・一志会」から私たち「民主にいがた」に対し北陸新幹線に関する意見交換会の申し入れがありました。そこで先月の2月11日に意見交換会を上越市にて開催。その際、北陸新幹線の大阪までの延伸を目指す議員連盟の設立の報告を受け、私たちに加入を打診してきたのです。
 結果は、泉田知事が独自の動きをとる中、「民主にいがた」としては、北陸新幹線を巡る状況が一段落するまでは参加を見送るべきとの意見で一致。現時点での加入はなくなりました。

 議連加入について、総論では、同じ民主系会派(つまり仲間)なので参加に抵抗はないが、各論を突き詰めると利害がぶつかる場面が出てきてしまうところが悩ましいところなのです。例えば、本県が要望している「貸付料の地方還元」。開業後JRが国に支払う新幹線貸付料については、国の整備新幹線新規事業費に充てるのではなく、地方負担に見合った配分を行い地方が自らの判断で諸課題(並行在来線問題など)に対応できる制度を構築してほしいと訴える本県に対し、福井県側としては福井までの新規延伸が至上命題だからです。

 政治の主な役割は「調整」にあると考えます。そして、この問題に対してはどこに調整すべくの視点を据えるべきなのか。泉田知事が感じているプレッシャーを、民主にいがたにも改めて突き付けられたような気がしてなりません。

 
 

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2010年03月01日

 午前中、自衛隊入隊式に出席。それぞれの学校の制服に身を包み、まだあどけなさの名残を見せる若者たちが、保護者父兄に見守られる中、緊張した面持ちで式典に臨んでいました。これから踏み入れる新たな世界を前にして、期待と不安が入り混じったような感覚でいるのではないでしょうか。今年は特に狭き門だったそうなので、その中で選ばれたのだという自覚と誇りを胸に、国家・国民のため身を粉にして働いて頂くことを大いに期待します。

 隣の会場で12時から始まった会食式を早々に中座し、新潟市へ。民主党新潟県連と連合新潟との定期協議会に出席しました。議題の焦点は「次期参院選の対応について」です。にもかかわらず、日程的に、前原国交大臣の新潟市入りや国会議員のパーティーなどが重なったせいか国会議員・県議とも少数だったので、冒頭、佐藤幹事長から連合新潟の皆さんに対しお詫びを申し上げていました。

 国会議員からは、黒岩たかひろ衆院議員と森ゆうこ参院議員が出席し、連合新潟からの質問に応答。結論としては、2人公認については極めて難しく、社民党対応については結論が出るまでは確たることは言えない、といったものでした。

 長崎県知事選や町田市長選での敗北から、民主党の勢いに陰りが見えたとの声も聞こえます。しかし、真の民意は国政選挙をもってうかがうものであり、新年度予算が可決し国民生活に実感をお届けしたのちの参院選こそがまさに勝負です。
 一方で、衆院の任期をまだ3年以上も残す状況での結果は、学校に例えれば、1学期の通信簿のような段階。いずれにしても、民主党は政治と金の問題にしっかりとけじめをつけつつ、自身が高々と掲げたマニュフェスト公約をできうる限り履行しなければなりません。鳩山首相のリーダーシップに期待です。

 

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2010年02月28日

 一昨昨日、私は新潟日報に初めて投稿をしました。内容は、平成20年の12月議会の一般質問で言及した「メディカルスクール構想」について。きっかけは、2月20日のこの新聞記事でした。

  「医師不足が言われるなか、国内の三つの私立大学が、医学部新設を目指し、準備を進めていることが分かった。設置認可を国に申請する手続きのため、すでに学内に検討組織を立ち上げた大学もある。医学部新設は30年以上なく、認可されれば1979年以来となる。医師増員を掲げる民主党は看護コースと病院を持つ大学の医学部新設を後押しするとしており、政権交代で機運が高まったかたちだ。医師養成学部・学科については、自民党政権時代の82年や97年の医学部定員削減の閣議決定を受け、新設の審査は行わない規定になっているが、今後撤廃されるとみられる。設置基準の緩和も進めば、他大学にも動きが広がる可能性がある。(朝日新聞)」

 「こりゃ新潟県も遅れてはならん!!」と思い立ち、県に改めてプレッシャーをかけるため、世論に訴えるべく「投稿」という手段に思い至ったのです。ところが、メールで投稿したのですが、今現在、全く音沙汰がありません・・・。「載らない人には連絡がないのだろうか」とか「載るにしてもかなりな順番待ち状態で載る時点で連絡があるのか」、それとも「議員の原稿は一切はねる方針なのだろうか」等々、悶々としつつも、掲載される雰囲気を一切感じません。誠に残念ですが、別の手段を考えることにしましょう。

 以下、掲載を求めた原稿を載せますので、お時間のある方はご覧になってみて下さい。

<メディカルスクール構想>

 「メディカルスクール」をご存知だろうか。「4年間の大学課程修了者の中から医師として働きたいという強い意欲と一定レベル以上の学力を有する者を選抜し、4年間の医学教育を行う大学院レベルの医師養成機関」である。法曹界のロースクールをイメージすると分かりやすい。勤務医不足や地域医療の危機という医師の養成や配置を巡る社会的問題を背景に検討されている構想で、その根底には「医学の道を志す者に求められるものは何か」というテーマもある。

 東大名誉教授で日本医学会幹事、日本学術会議の会長でもある金澤一郎氏は次のように述べている。
 「医師は患者の持つ病気にだけ目を向けているのではいけない。病気を抱えた人間である患者に目を向けなければならないからである。そう考えると、今の医育制度では一般教養を学ぶ期間があまりにも短すぎる。(中略)いずれは医学の道に進むとしても、それまでに法律・経済・倫理・哲学・芸術など文科系の学問を学ぶと共に、文学・美術・芸能などにも興味を持つ。風流で、こころ豊かで、味わい深い人間性を養っておいてほしい。そうすれば、物事を相対的に見ることができ、必然的に他人の痛みが分かる人間になれることが期待される。」
 医師にこれだけの人間性や資質を求めるとなると、多くの場合、高校生で医学部進学を決定しなければならない現状では難しい。そこで、大学卒業者を対象にしたメディカルスクール構想が浮上してくる。

 新潟県の医師養成の現状は、人口などが同規模の北陸3県とで医学部入学定員数を比較すると、平成21年度は、北陸3県の4大学の定員435名に対し本県は1医学部で120名と極めて少ない。さらに、平成22年度には北陸はプラス17名の452名、本県はプラス5名の125名でしかない。人口100万人あたりの大学医学部入学定員数を見ても、平成22年度は北陸の146.7名に対し本県は52.3名と全国平均の67.6名よりも低く、改善は容易には見込めそうもない。
 こうした状況の中、本県としては、医師養成機関の不均衡を是正するべく、定員増など人口・面積規模に見合った医学部の拡充を国に対し強く要請する必要がある。しかし、切実な要望といえども財政的な問題もあり、政府はなかなか柔軟な対応に転じられないのが実情だ。その点、「メディカルスクール」であれば、既存の枠組みとは別の観点からの議論として、国も新たな施策扱いにできる可能性がある。
 
 医師のなり手である年少人口が減り、患者になる高齢者が増えていく将来を見据えれば、医療の活性化にも現実的な選択肢であろう。それに備え、本県が先駆的な役割を担えるよう今から検討しておくことは決して早くはないし、その際、「メディカルスクール」の卒業生が地域医療(過疎・へき地医療)に向かいたくなるような仕掛け・個性づくりの議論も必要だろう。いずれにしても、本県での本格的な議論を期待するとともに、私も積極的に取り組んで参りたい。

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2010年02月27日

 2月議会の代表質問が行われました。私の所属する「民主にいがた」からは幹事長の市川政廣議員が、「自民党」からは渡辺惇夫議員が登壇。おふたりとも選挙区を同じくする、いわば「新潟市東区」対決。火花が飛び散りそうです。
 
 午後は市川議員の代表質問だったのですが、その時間帯と浅田真央選手の出番が思いっきりカブることに。本会議開始間際、ある議員からは「こんな時に議会を入れるなんて!」などといったボヤき節もチラホラ。うーん、気持はよーく分かりますよ。

 本会議終了直後、浅田選手が金選手に20点以上も離されたとの情報が入り、ガックリ。それでもしっかり銀メダルを取ってくれたので、国民に感動をありがとう!

 印象的だったのが、試合直後に流したという涙。自分の演技に納得していない、4年後に向けて頑張る、といった強烈な思いのこもる水滴は次回、私たちにどれだけ素晴らしい潤いを与えてくれるのでしょうか。大いに期待ですし、この日浅田選手が発した一瞬一瞬にかける勇気と情熱を私自身も意識し、今後の政治活動につなげて参りたいと思います。

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2010年02月26日

 政権交代を受けて、私自身最も変化を感じているのが、いわゆる「陳情・要望」です。民主党は、陳情・要望を一元化することで、これまでの「霞が関詣で」をなくすとする、政官の癒着を排除する仕組みに切り替えました。具体的には、県内の各小選挙区支部所属の国会議員、県議、市町村議が受付窓口となり陳情・要望を集約。それらに優先順位をつけて県連に送付。県連内で仕分けした後、党本部幹事長室に伝える。幹事長室では14人の副幹事長が内容を審査し、妥当と判断した場合、政務三役につなぐという手順です。
 つまり、上越市では筒井信隆代議士とともに、私梅谷守も窓口のひとつに組み込まれているのです。そのためか、これまで関係の浅かった団体等からの陳情も増え、更に忙しくなってきた感があります。

 そんな中、去る2月20日に「関川水系土地改良区(農業農村を整備する事業のうち、農業生産基盤の整備を行う事業を進める団体)」の方々約300人を前に、筒井代議士とともに私が陳情を受けて参りました。陳情を受けての挨拶の中で、私は以下の3点を約束しました。①1500億円の整備交付金を少しでも多く基盤整備事業に回るよう努めること、②議会では「関川水系土地改良区(土改)」の皆さんの熱い要望を踏まえた活動・議論を行うこと、③民主党新潟県連幹事長への直接要望を橋渡しすること。
 そして、③の約束を実現すべく25日14時、「民主にいがた」会議室において、佐藤幹事長と農林漁業WT座長・近藤前県議、そして私WT事務局長の梅谷の3名で、土改の役員6名とJAえちご上越の部長さん1名から陳情を兼ねた意見交換を致しました。

 土改の方々がこれだけ必死に陳情・要望活動をされるのには理由(わけ)があります。それは、一時、次期参院選に自民党から候補を立てようとした全国土改連に対し、小沢一郎幹事長が鶴の一声で予算を半分以下に激しく減額した経緯があるからです。それだけに現場の混乱は必至。必死になるのも当然です。
 私の以前からの持論として、国と市町村の間にある道府県の役割のひとつは、国の施策の混乱を和らげるべくのクッション役にあると考えております。この考えに当てはめれば、私の今後とるべきスタンスは、土改に政治的姿勢の変化(中立)を求める一方で、現場の混乱を回避すべく、とりわけ中山間地域を7割近くも抱える上越市から選出している議員として、関川水系土改からの切実な要望を真摯に受け止め、結果を出しいかなければなりません。農林漁業分野に軸足を置く私として、決意を新たに活動して参りましょう!

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