2007年02月09日

 昨日の上越JCの影響で、寝たのは本日3時頃。そして6時30分に起床し、朝の定例辻立ちに向かいました。金曜なので場所は木田の交差点(正式名称は「上越市役所前交差点」)。私が初めて辻立ち第一声を行ったところです。二日酔いの睡眠不足にもかかわらず、気が張っているせいからか、声をあげ始めると不思議と体調は元に戻ってきました。人間の体ってすごいですね。気持ちと連動してるんだと改めて痛感です。
 演説終了後、子どもたちを幼稚園バスに乗せ、事務所へ向かいます。そこからすぐに中郷へGO!先日回りきれなかったところを中心に挨拶回りするとともに、辻立ち演説も行って参りました。
 その後、事務所に戻り、事務処理や紹介者の挨拶回りに出たりと仕事に追われる中、ここにきて強烈な睡魔が再び一気に襲い掛かってきました。おっと、こりゃいかん!しかし、だからと言って休むわけにはいきません。「心頭滅却すれば火もまた涼し」。朝の辻立ちを思い出し、目の前の仕事に気持ちを一点集中することで眠気を吹き払いました。
 「ホント、遅くまでの飲み会はこりごり」。などと考えながらも、今日もまた21時から、人と会うために飲み屋に向かわなければならない私、梅谷守でございます。

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2007年02月09日

 今日は木曜日なので、253号線と8号線のぶつかる三ツ屋交差点で朝の定例辻立ちを行いました。
 辻立ちする時に迷うのが「どの角に立つか」ということ。ハンドマイクひとつなため、声が自分の正面方向からしか広がらないからです。
 この日は気分を変え、いつもと対角の場所で辻立つことに。ところがこれが失敗。大型トラックが自分の目の前を頻繁に左折通過する角だったために、トラックに声が反射しハレーションを起こすこともしばしば。また、終った後、排気ガスからか何となくノドに違和感が。ナルスさんに向いているので方向的には良いのですが、これでは考えものです。来週はどの角にしようかな。
 その後、夕方まで挨拶回りを行い、19時から上越青年会議所(上越JC)の「2月例会・懇親会」に参加。同期とともにJCメンバーの先輩方と激しい酒盃のもと親交を深めます。
 そんな中、私の所属する「オリエンテーション委員会」のボスである内山委員長のお誕生日が9日という情報を入手。日付が変わってから皆でお祝いをしようという流れになり、私もお付き合いすることに。そして、場所を同期の竹越くんが経営する仲町のカラオケ屋「NINJA」に変え、「HAPPY BIRTHDAYUCHIYAMA!!」。そんなこんなでうっかり付き合っているうちに、気づけばなんと夜中の2時に。おいおい、今日はこれから朝の辻立ちぢゃないですか・・・。
 とかくJCは「飲み会の会」などと揶揄されますが、確かにパッと見これじゃあ飲んでばかりと言われても仕方のない面がありますね。しかし、「飲みニュケーション」というオヤジ言葉もあるように、飲みによる親交が強固な一体感を醸成するのも事実。私としては、まずは批判などせずJC活動全体に触れ、それから良し悪しを判断し、良い面を吸収するつもりで今後とも参加させて頂きます。
 でも、次回からは12時前には帰ろうっと。
 

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2007年02月08日

 今日水曜日は石橋交差点での街頭演説からスタート。のはずでしたが、実家にいたため辻立ちをお休みさせて頂きました。
 昨年10月13日のお昼過ぎのこと。私が黒岩ポスターを貼るために頚城区百間町を一軒一軒歩きながら「さて、次のお宅は張らしてくれるかな」なんて考えていると、着信が母の電話がかかってきました。出ると、「梅谷守さんですか?」と知らない女性の声が。その瞬間、ゾッと寒気がし、心臓の鼓動が急激に早くなったのを今でも鮮明に覚えています。
 担当医師から母がクモ膜下出血で一分一秒を争う状況にあると告げられ、すぐに手術を要請。と同時に、黒岩さんに報告のもと病院に飛んで向かいました。幸いにも、手術は成功。一命をとりとめるばかりか、奇跡的にも特に後遺症は残らず、現在は通院による療養で快方に向かいつつある状況です。
 その母に、昨年大晦日に生まれた3人目の長女・文乃(あやの)を初顔見せするために一旦実家に戻ったのです。
 夕方には上越に戻り、「ナルス労組2007年旗開き」に出席。その後、事務所に戻り、打ち合わせや事務処理を行いました。
 死を眼前に突きつけられた母にとって、新たな生の誕生に触れる喜びは本当に素晴らしいものなのでしょう。嬉しがる母の姿から「生きる素晴らしさ」を教えてもらうとともに、これからの人生一瞬一瞬の感触を意識し歩んでゆくことを肝に銘じました。

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2007年02月07日

 本日の朝の定例辻立ち場所は、高田郵便局前の大手町交差点。初めて辻立ちした時に比べると、学生の反応が格段に良くなってきているのを感じます(もちろん、学生だけではなく社会人の皆様からの反応も徐々に良くなってきています)。遠くから「うめちゃ~ん!」などと手を振ってくれたり、「頑張って下さい!」などと励ましてくれる彼ら。そんなことされたら、ますますお兄さんはがんばっちゃいますよ。 
 自分の学生時代を振り返ってみると、政治など全く意識したこともなく、「政治家」と言えば「悪いことをやってそうな奴」の代名詞で、「政治」と言えば「雲の上の存在」のイメージだったように思います。そんな私が彼らに偉そうなことを言うのもおこがましいのですが、彼らが私の活動を見たり触れたりすることによって、少しでも政治・政治家を意識し、20歳を過ぎたら投票によって自らの意思を毅然と示してくれることを心から願ってやみません。投票こそが、誰にでも平等に与えられる、自らの暮らしを支える最大の手段なのですから。
 未来を支えるのは現在の有権者だけではなく将来の有権者もそう。町づくりは人づくりから始まります。新潟そして上越の輝かしい未来に向け、市民全員に訴える気持ちで今後とも活動を続けて参ります。

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2007年02月06日

 今日は謙信公広場前で朝の定例辻立ちからスタート。青空に向け高々と声を張り上げて参りました。
 その後、午前中はビラの作成などを中心に事務処理に終始。溜まっていた事務をこなしました。予定候補者としてはどうしても外に出ていることが多いため事務処理に充てる時間がなかなかに取りづらいのが現実。初挑戦ということもあるのでしょうが、正直大変ですね。
 午後からは挨拶回りに高田へといざ出陣。お世話になっている方々やそこからご紹介を頂いた方々を中心に挨拶させて頂きました。
 高田は「越後の豪雪城下町」とでも言いましょうか。高田城跡を中心に広がる雁木通りの古い町並みや多数の寺院の存在は、訪れる人々に歴史、文化、風土をおもいっきり感じさせてくれる素晴らしい地区。私が大好きな町の一つです。
 しかしながら、正直申し上げてシャッター通りも多く、活気がまだまだ足りないのも事実。初めて訪れた観光客に高田の持つ素晴らしい魅力がどこまで伝わるのだろうか。現時点では疑念を抱かずにはいられません。
 北陸新幹線の開業に伴う「ストロー現象」による衰退も懸念される中、上越市の更なる発展のためには高田の再生が不可欠です。
 誰かのキャッチコピーをパクるわけではございませんが、「甦れ、城下町高田!」。高田の皆さまとともに力を合わせ、歴史・風土・文化を重んじた町づくりに尽力して参ります。
 

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