2007年03月10日
2007年3月8日 危篤の報

 今日は、新光電気工業さん入口前でのあいさつ辻立ちからスタート。組合の皆さん、朝早くからお付き合い下さりありがとうございました。
 辻立ち終了後、すぐに挨拶まわりに出発。お一人お一人に私の訴えをさせて頂きました。
 13時すぎに差し掛かったので、休憩に入ろうと携帯に目をやると、母から着信が。かけてみると、なんと「祖母が危篤で今晩が山場」という知らせでした。
 「ババちゃんが・・・」。電話を切ると、しばらく呆然とし、まるで時が止まってしまったかのような感覚に襲われました。すると次の瞬間ドッと涙が。人に見られるわけにもいかないので急いで脇道に隠れ、止まらない嗚咽を必死に押し殺しました。
 私にとって祖母はとても大切な人。私が子供の頃とてもかわいがってくれ、また大人になって政治家を志し始めた頃の一番辛かった時期、温かく励ましてくれた女性でした。私の3人目の子供「文乃(あやの)」は、祖母の名前「文(フミ)」からもらっています。その祖母に、息があるうちにどうしても「ありがとう」を伝えたい。手を握りたい。その想いが込み上げ、夜の集会を終えたらすぐに駆けつけることを決心しました。
 以後、落ち着かない気持ちを何とか紛らわすかのごとく挨拶回りを敢行。そして夜、若者の集会「うめたに守toとことん上越」を迎えます。
 会場には、上越の未来を担う若者たち101名が集まってくれました。小山くん司会のもと、早速私からの挨拶。武田くんに「こらっ、内容がカタイぞ!」と突っ込まれながら、いつもとは違う雰囲気の中、想いを必死で伝えました。
 お次は「模擬投票」。私を含む事務方選出の5人が1分ずつ立候補表明を行った後、シバヤンキーさん作詞作曲の素晴らしいレゲエをバックミュージックに、実際と同じ形式で投票をして頂きました。すると結果「有効票99、無効票2」と、ほぼ全員が真面目に投じてくれたのです。正直、無効票乱発を恐れていた私にとって、まさに予想Guy。感謝感激です。  
 最後に私の妻とともに御礼の挨拶をさせて頂き、会は終了。参加してくれた皆さん、本当に本当にありがとうございました。
 なお、次回は3月23日。シバヤンキーさんやプロスノーボーダーの吉野さんをはじめとするゲストをお呼びしてのイベント盛りだくさんの「若者の手による、若者の未来のための、若者の祭り」ですので、参加をご希望の方は、梅谷事務所までご連絡下さい。
 集会終了後、後片付けに加わることができず申し訳ない気持ちで一杯ながらも、すぐに一旦家に戻り着替えと荷造り。そして車で、祖母のいる東京へと向かいます。
「ババちゃん、待っててね。今行くから!」

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