2009年06月12日
2009年6月11日 ノーモア・ミナマタ

 本日夜、「ノーモア・ミナマタ 新潟全被害者救済訴訟」の前夜集会に参加して参りました。

 以下、いただいた資料から抜粋しますが、ご周知のとおり、水俣病とは、企業の生産活動に伴う工場廃水に含まれるメチル水銀が川や海を汚染し魚介類への蓄積を経て地域住民の対内に侵入して発生させた中毒疾患であり、メチル水銀による健康障害の総体です。
 水俣病の主な症状は手足の感覚障害をはじめ、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄、聴力障害等がありますが、発生初期と違って現在の被害者の症状は水俣病の典型的な症状が全部揃わない、いわゆる不全型が多く、様々な自覚症状を訴える被害者が多数です。

 九州・熊本県水俣市で水俣病が公式発見されたのが昭和31年。新潟水俣病が公表となったのは、それから10年近くも経った昭和40年6月12日のことでした。
 その後、新潟水俣病の被害者たちは昭和42年、日本初の公害裁判を闘い、加害企業の責任を認めさせ補償を勝ち取ります。
 しかし、昭和48年の公害健康被害補償法に基づき、水俣病患者認定数が激減。そこで昭和57年、加害企業と国を相手に第2次訴訟を提訴。そして平成7年、政治解決による和解を勝ち取りました。
 これで水俣病問題は一応の解決を見ましたが、平成16年の熊本水俣病関西訴訟最高裁が「これまでの基準に比べて緩やかな基準で水俣病と認める」判決を確定。これ以降、九州や新潟では救済の声を上げる新たな被害者が3万人を超えています(新潟県内では約300人)。
 
 こうして3万人を超える水俣病被害者の早期完全救済が今大きな政治課題となるなか、与党は「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」を国会に提出しました。が、その中身は、被害補償額が少ないこともさることながら、対象者限定により6割の被害者に救済の手が行き届かないもの。加えて、「加害企業チッソの消滅」「地域指定解除による救済制度の完全廃止」となるなど、いうなれば「加害企業を逆に救済する中身」ともとれる法案なのです。
 こうした多くの問題が未解決のまま放置されている現状を打破するべく、「ノーモア・ミナマタ 新潟『全』被害者救済訴訟」が立ち上がったのです。

 集会では、はじめから水俣病訴訟に関わってこられた馬奈木昭雄弁護士による特別講演も含まれていたのですが、これが大変興味深いものでした。
 特に印象的だったのが、決定権・認定権が官僚の側にあることが最大の障害だといったくだり。そのたとえとして先生はこう述べてらっしゃいました。
 「交通事故で加害者(国)が被害者に対し、『誰が被害者なのか、被害の程度はどれくらいか、救済の程度はどんなものか、加害者の俺が決める』と言い放っているようなものだ。こんなとんでもない言いがかりがまかり通っている。だから50年もの間、戦い続けてきたのだ。従って、この戦い(訴訟)は『国の決定権限を誰が有するべきか』の戦い。国が、官僚が決定権限を握っている限り解決はない。」
 まさに圧巻でした。

 解散総選挙が近づいてきていますが、この最大の争点は「官僚依存政治の打破」。従って、政権交代が実現すれば、私たち民主党は官僚から決定権限を取り上げる覚悟です。
 政権交代こそが、水俣病「全」患者を救済し、この国を変えることができる最大の処方箋だということを改めて確信した夜でした。

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