2007年02月07日

 本日の朝の定例辻立ち場所は、高田郵便局前の大手町交差点。初めて辻立ちした時に比べると、学生の反応が格段に良くなってきているのを感じます(もちろん、学生だけではなく社会人の皆様からの反応も徐々に良くなってきています)。遠くから「うめちゃ~ん!」などと手を振ってくれたり、「頑張って下さい!」などと励ましてくれる彼ら。そんなことされたら、ますますお兄さんはがんばっちゃいますよ。 
 自分の学生時代を振り返ってみると、政治など全く意識したこともなく、「政治家」と言えば「悪いことをやってそうな奴」の代名詞で、「政治」と言えば「雲の上の存在」のイメージだったように思います。そんな私が彼らに偉そうなことを言うのもおこがましいのですが、彼らが私の活動を見たり触れたりすることによって、少しでも政治・政治家を意識し、20歳を過ぎたら投票によって自らの意思を毅然と示してくれることを心から願ってやみません。投票こそが、誰にでも平等に与えられる、自らの暮らしを支える最大の手段なのですから。
 未来を支えるのは現在の有権者だけではなく将来の有権者もそう。町づくりは人づくりから始まります。新潟そして上越の輝かしい未来に向け、市民全員に訴える気持ちで今後とも活動を続けて参ります。

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2007年02月06日

 今日は謙信公広場前で朝の定例辻立ちからスタート。青空に向け高々と声を張り上げて参りました。
 その後、午前中はビラの作成などを中心に事務処理に終始。溜まっていた事務をこなしました。予定候補者としてはどうしても外に出ていることが多いため事務処理に充てる時間がなかなかに取りづらいのが現実。初挑戦ということもあるのでしょうが、正直大変ですね。
 午後からは挨拶回りに高田へといざ出陣。お世話になっている方々やそこからご紹介を頂いた方々を中心に挨拶させて頂きました。
 高田は「越後の豪雪城下町」とでも言いましょうか。高田城跡を中心に広がる雁木通りの古い町並みや多数の寺院の存在は、訪れる人々に歴史、文化、風土をおもいっきり感じさせてくれる素晴らしい地区。私が大好きな町の一つです。
 しかしながら、正直申し上げてシャッター通りも多く、活気がまだまだ足りないのも事実。初めて訪れた観光客に高田の持つ素晴らしい魅力がどこまで伝わるのだろうか。現時点では疑念を抱かずにはいられません。
 北陸新幹線の開業に伴う「ストロー現象」による衰退も懸念される中、上越市の更なる発展のためには高田の再生が不可欠です。
 誰かのキャッチコピーをパクるわけではございませんが、「甦れ、城下町高田!」。高田の皆さまとともに力を合わせ、歴史・風土・文化を重んじた町づくりに尽力して参ります。
 

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2007年02月05日

 今日の午前中は挨拶回りとスーツ買い。朝の辻立ちでボロボロになったスーツの換え時です。
 午後、集会に参加させて頂いた後、事務所に戻り選対会議を開催、今後の活動方針を議論。終了後、一旦家に戻り喪服に着替え、とある方のお通夜に向かいました。
 この方とは実は私、支援者からのご紹介で昨年末に一度だけお会いしただけなのです。夜7時ごろ突然お邪魔させて頂いたにもかかわらず、嫌な顔ひとつせず、逆に笑顔いっぱいに私を迎えて下さったことがとても印象的でした。
 玄関口でのほんの5分ほどの会話でしたが、優しく穏やかな口調で私をまっすぐ見据えて下さったお姿から、その方の温かい人柄と誠実さがにじみ出ていると感じたものです。本当に素敵な方でした。その時はとてもお元気そうだったので、まさかそれからほんの2ヵ月後に亡くなられるとは夢にも思いませんでした。
 息子さんが私と同じ早稲田大学教育学部英語英文学科卒だそうで「その偶然を喜んで下さっている」と、紹介して下さった支援者づてで教えて頂いていたため、近々改めてご挨拶に伺わねばと考えている矢先のことでした。
 お通夜は、会場の外にまで椅子を並べるほどたくさんの方々が駆けつけて下さっていました。生前のお人柄を表しているのでしょう。「一期一会」を噛み締めながら私もお焼香させて頂きました。
 竹田さま、お悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
 

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2007年02月04日

 今日は、昼のミニ集会を一つはさみつつ夕方まで挨拶回りを行い、17時から「杉田弘美正善寺地区後援会総会」にお邪魔をさせて頂きました。正善寺地区は、杉田先生の奥様のご出身地という関係から「正善寺の婿」として絶大なる支持を集める地域です。
 会場に到着し集会部屋に入った途端、エッ!?「この地域のどこにこれだけの人が居たの?」というほどの大勢の参加者とその熱気にまず圧倒。そして質疑応答の中で発せられる暮らしに密接する数々の質問に「この地域を支えるのは自分たちなんだ」という強い気迫を感じ、再び圧倒させられました。
 総会終了後、懇親会に突入。いつものように一人一人と膝と膝を付け合せながらお話を。その中で最も印象に残ったのが、山下振興協議会会長の「先祖代々が必死に守ってきたこの正善寺地区を失わしめてはならない」という想い。心をギュッと締め付けられるようでした。
 上越市街地からほんの4~7キロほどしか離れていないにもかかわらず、まだ携帯がつながらず、急速に過疎高齢化が進行する中山間地域、正善寺地区。この存続・発展こそが、先祖代々からの想いを未来につなぐ責務。杉田先生から受け継ぐバトンの重さをひしひしと感じながらも、市・県・国の役割と守備範囲を見極めつつ、住民とともに正善寺地区の振興に尽力することを決意しました。
 

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2007年02月03日

 今日は昨日に引き続き朝6時の集会から始まり、定例の辻立ちと挨拶回り、そして安塚区でのミニ集会で締め。
 安塚は山間豪雪地帯である。戦国時代にまで遡れば、関東へ続く三国街道の重要な軍事拠点として栄え、近年は雪を逆手に取った町おこしが大ヒットし、一躍スポットを浴びた地域である。
 皆さんと膝と膝を突き合わせながら現状を伺ってみると、耕作放棄地による荒地の増加問題を切実に訴えてらっしゃった。国の過度の規制緩和による構造改革の影響がこんなにも深刻なのかと改めて愕然とした。
 安塚だけではなく、大島区や牧区などのいわゆる中山間地は皆、同様の苦悩に苛まれている。現在は国の中山間地への直接支払い制度で何とか保っているが、今後5年の時限が切れ制度が打ち切られようものなら、急速に進行する過疎高齢化も手伝いこのままでは一気に立ち行かなくなるだろう。
 わが国そして新潟県の自然保護や国土保全、水や空気の供給、食材の確保などを根本から支えてくれている中山間地は、言ってみれば縁の下の力持ちのような存在。この著しい疲弊に立ち向かわなくして何が政治と言えようか。
 中山間地対策。今まさにそこにある危機として、強く訴え続けなければならない。

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