2008年06月26日

 今日から6月定例会が開会。会期は7月11日まで。新潟県に山積する課題についての集中審議のスタートです。
 思えば、昨年の6月定例会は私にとって初めての議会でした。それから早1年が経ち、昨年と同じく今回もこの時期、質問の準備に奔走中でございます。
 本日は10時から民主にいがたの党議。主な議題は、泉田知事が自身のこれまでの任期に行った政策に対する評価を取りまとめた報告書案を確認することです。「県議団として」了承した報告書は、28日の民主新潟県連幹事会に上程するいわば「たたき台」。そして、その日以降から10月の知事選に臨むにあたり「政党としての」本格的な議論に入ることになります。知事選に対する民主党の最終的な姿勢はどうやらセミの鳴く頃となりそうです。
 党議終了後は13時から本会議。メインとなる知事所信に聞き入ります。知事の話の中で印象に残ったのが、明らかに農業に関する記述が増えたことです。昨今の食料安全保障から始まる食料自給率向上の問題意識が、いよいよ泉田知事にも植え付けられたということでしょう。この知事の姿勢については、私の質問時に直接確認して参りましょう。
 私の一般質問は30日の午後2時すぎ頃からを予定しています。
 興味のある方いらっしゃいましたらドシドシ傍聴にいらしてみて下さいね。心からお待ちしてます。

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2008年05月13日

 今日から1泊2日で「民主党 地方自治体議員フォーラム全国研修会・総会」に参加。全国から集まった県会・市会の民主党議員が一同に介する年に1度の党イベントです。 
 内容は、国会の最前線でご活躍される先生方から民主党の政策提案についてお話を伺うというもの。今回は税財政、分権、医療についての情報を頂戴しました。
 国会議員の先生方の真に迫るお話は、話し方も含めそれは見事なもの。また今回は、中枢である小沢一郎代表、管直人代表代行、鳩山由紀夫幹事長の「民主の顔」お三方からも多忙な公務の合間を縫ってそれぞれからお話を伺うことができました。司令塔ならでは雰囲気がありますね。
 刺激になります。

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2008年05月13日

 今日は朝5時からの会に出席。挨拶はないと思っていたのですが、急遽挨拶をお願いされ、眠たい頭の中を無理やり起こし高速回転させ、5分ほど喋らせて頂きました。
 会合後、一旦家に戻り、新聞読みを初めとする事務処理。そして妻と子供たちと朝食をとった後、家族みんなで三和区に向かい田植えを行いました。
 朝方に雨が降っていたため田んぼは良い感じに。私が到着した時にはすでに「しろかき(苗を植えやすくするために土と水をかきまぜて土をやわらかくすること)」され、一部田植えも終わっていました。その残りの部分を田植えすべく、支援者からトラクターの運転方法を習い、機械を使っての初めての田植えにチャレンジ!
 昨年は手植えを経験しましたが、それと比べるとなんとまあ早くて正確なこと。と言いながらも、私の植えた列は微妙に曲がってしまいましたが・・・(笑)。
 悪戦苦闘する私をよそに、子供たちは田んぼの周りを駆けずり回ったりカエルをつかまえたりと、誰に教わるわけでもなく勝手に遊び、その表情は生き生きとしています。自然の中で雄大に遊ぶ。これこそが今の教育に足りない点なのではないでしょうか。

 田植えを終え、昼食をとるべく町内会館へ。セッティングされていた昼食をほおばりながら、同席した地元の農業者の方々と意見交換。農業問題や今の日本の政治状況についてなど、ざっくばらんな会話をたっぷりとさせて頂きました。その中にはたくさんの現場の声が秘められていました。これこそが私にとってかけがえのない貴重な宝です。ありがとうございました。

 昼食会を中座し、14時から1件会合に参加。その後、子供たちと早めのお風呂に。長男・次男がだいぶ大きくなったので、1歳の長女を含めた3人をお風呂に入れるのも随分楽になりました。
 入浴後、一旦自宅に戻り家族で夕食。その後、予定していたバスケットボールの練習に参加。疲れのせいか全体的に体が重かったですが、久しぶりの玉入れを満喫。やっぱり運動でかく汗は格別ですね(笑)。

 今日は私にとって初めて機械を使って田植えをした記念すべき日でした。私の人生カレンダーの中で、5月11日は「田植記念日」と名づけることにしましょう(笑)。

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2008年05月13日

 9時、宿所「御殿守」を出発。「結城豊太郎記念館」へ。結城豊太郎は、南陽市赤湯出身の元大蔵大臣かつ第15代日本銀行総裁等を歴任された偉人です。
 案内人の誘導に従い、展示された数々の遺品や文化財等を拝見しました。最も印象に残ったのが、山形県から過去3人もが日銀総裁になっていた事実です。そのことを誇らしげに語る案内人に対し、「これはやはり上杉鷹山効果と言ってもいいのですか?」と訪ねると、「そうです」と力強い答えが返ってきました。ここにもまたひとり鷹山魂を引き継いだ方がいらっしゃっいました。

 記念館を後にし、お次は楢下宿「こんにゃく番所」を見学。当初10時到着を予定していたのですが、道に迷ってしまい着いたのは11時すぎ。駆け足での見学です。
 ここは種類豊富なこんにゃくを紹介し売るべく整えられたいわば観光施設。焼き鳥を模したこんにゃくやこんにゃく蕎麦など「エッ!」と驚かされる味わいに脱帽です。山形に行かれる方は一度立ち寄ってみると面白いですよ。

 試食のこんにゃくをたらふく頂いた後、いよいよ中心地山形市内へ。まず向かうは、霞城公園内にある「旧済生館」。ここは明治初年の洋風建築として名高く、当時の公立病院です。明治12年、時の太政大臣・三条実美により「済生館」と命名され、その翌年、オーストリアのドクトル・フォン・ローレツを招いて西洋医学の診療と教育を実施し、名声があがった施設なのです。
 古い建築物ながらも丁寧に維持され清潔感漂う素敵な建物。その廊下の歩みから奏でるギシギシ音は、まるで文明開化の音のようにも聞こえます。

 「旧済生館」を見終わった後、時間が押していたので本来予定していた昼食をとばし、次なるターゲット「文翔館」へ。ここは旧県庁舎及び県会議事堂だった施設です。今は重要文化財として指定されており、無料で見学することができます。
 県庁舎と議事堂の2棟から成るイギリス・ルネサンス様式を基調としたレンガ造りの素敵な建物で、大正5年6月に建てられました。その中には数々の展示品が時系列で並べられ、山形県の歩みを身近に感じることができる造りとなっています。
 「文翔館」の後は、やはり現在の建物も見なければならないということで県庁へ。但し、時間の関係で外観だけ拝見して終了。
 以上で2日間にわたる視察を終えました。
 
 視察終了後、急ぎ足で上越に戻り、フットサルの大会に参加。この大会に参加する時は直前の会の関係でアルコールで酔っ払っていることが多かったため、シラフの今日は久しぶりの運動だというのに予想以上に体が軽く、楽しく試合を運ぶことができました。
 大会後、新たなメンバーもいたことから飲み会へ。明日は4時起きだというのに12時まで懇親してしまいました(笑)。

 今回の視察で率直に感じたのは、「山形は見せ方が上手い」ということ。隣の芝生が青く見えている部分もあるかもしれませんが、これを機に、山形に更に興味が湧いたのも事実です。このことは恐らく私だけではないでしょう。
 来年にはNHKの大河ドラマ「天地人」が放映されることから、新潟・山形ともに観光勝負どころといった時期を迎えています。そんな中で、私が学んだことを新潟県政、特に政策作りに反映させるとともに、新潟と山形の連携促進を模索して参りましょう。

 最後に、今回の視察を行うにあたり、大変なお力添えを頂戴した衆議院議員・近藤洋介事務所さんに心から御礼を申し上げます。おかげさまで無事、これ以上ないほど充実した視察を行うことができました。本当にありがとうございました。
 

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2008年05月13日

 今日から1泊2日で米沢視察。上越市とともに上杉家のゆかりの地である米沢の歴史と今に触れるべく、個人的に日程を入れた視察です。
 6時に新潟駅前を出発し、会津若松ICから国道121号を経由して米沢市入り。本日随行して下さる、衆議院議員の近藤洋介事務所の秘書の方との待ち合わせ時間より1時間早く到着したので、とりあえず駅前に車を停車し、街中を散策。平日の朝だったせいか、駅前としての活気はまだ感じられず人通りもまばらでしたが、来年のNHK大河ドラマ「天地人」のノボリが多数掲げられていて、その合間を通勤通学者が横切っていく姿が印象的でした。
 
 10時に駅前を出発し10時15分、工業団地の「オフィスアルカディア」前にて随行者と合流。すぐさま、米沢企業立地オフィスにて、市の企業誘致担当者と中小企業基盤整備機構の同じく企業誘致支援担当者から、米沢市の産業政策についてレクを受けました。
 ひと通り基礎知識を授かった後、「オフィスアルカディア」と「八幡原工業団地」の2箇所の工業団地を車でぐるっと一回り。担当者のお話によれば、平成30年までにこの団地付近に高速道路のICが設けられる予定だとか。従って、将来的に更に利便性の高まる米沢はお買い得。産業政策に力を注いだとされる上杉鷹山も喜んでいるに違いありません。

 工業団地視察後、上越で私が大変お世話になっていた方と面会し、そのまま「上杉記念館」にて昼食。
 実はこの方、昨年末の12月1日から米沢に異動になられた方で、今回の視察を機に改めてお顔を拝見したくアポを取っていたのです。変わらぬお姿にホッとするとともに嬉しさが込み上げてくる再会でした。

 昼食後、「上杉神社」を視察。上杉家の宝物たちを拝んで参りました。
 
 その後、市役所に飛び14時30分から30分間、安部三十郎市長と会談。米沢の現状と今後についてお考えを伺うとともに、仙台に目が向きがちな中、新潟東港や直江津港を擁する新潟県にも是非ご注目して頂くよう要望して参りました。
 
 会談後、「上杉博物館『伝国の杜』」を視察。館の周辺には修学旅行生とおぼしき学生たちが多数いて、それだけで活気が溢れんばかりでした。それを横目に入館。アポしていた(財)米沢上杉文化振興財団の主任学芸員のご案内の下、詳しい説明を受けながら館内を散策です。
 ひとつひとつのお宝を目の当たりにし学芸員からその背景について説明を受けると、歴史を更に掘り下げたくなる知的好奇心に大いに駆られてしまいます。それだけ展示の仕方が工夫されているのでしょう。他の来館者たちもおそらく同じ思いになったのではないでしょうか。そして家に帰ったらすぐさま関連本を買い漁ったりして(笑)。上杉・米沢・歴史マニアを生み出しかねない見事な博物館ですね。

 博物館のお次は酒造資料館「東光の酒蔵」を見学。400年から続く大変由緒ある酒蔵です。
 見学後、別館にちょうど社長さんがおられるというので面会。囲炉裏を囲んでお茶を頂戴しながら雑談して参りました。
 社長いわく、よく上越にいらっしゃるそうなので、今後の交流をお願いしました。

 東光を後にし、春日山「林泉寺」を視察。林泉寺は私の選挙区である上越にもあります。それというのも、謙信を継いだ上杉景勝が1598年に越後から会津120万石に移封となり、その後米沢30万石に削封され、林泉寺もこれに伴って米沢に移ったからです。
 米沢の林泉寺は1731年の火災で焼失。その後再建されたのが現在の本堂だとか。上杉謙信が幼少の頃拝んでいたとされる毘沙門像がススで真っ黒だったのもそのせいだったんですかね。
 本堂にて手を合わせた後、各部屋に飾られた上杉ゆかりの宝物を拝見。全てが歴史のオーラを放つものばかり。それらを眺めながら移動していると突然、雰囲気の異なる部屋に足を踏み入れました。そこには長尾家・上杉家を中心に、一族の位牌がズラリと並べられていたのです。
 位牌には名前が刻まれています。もはやかすれつつあるそれぞれの名前に目を凝らすと、その人物のことや時代風景を勝手ながら空想してしまい、時を越えて歴史上の偉人たちと時間を共有しているような奇妙な感覚に襲われました。そこで、手を合わせ数秒間拝むことに。皆さんがあったからこそ、私たちはいるのだという深い感謝の念を込めて。

 林泉寺を出た頃にはすでに18時を回っていました。日程の最後に予定していた「上杉廟所」を見学するべく、とりあえず門前まで向かいましたが、時間的にやはり見学はできず。そこで、外観を視察し、門の外から合掌。これにて充実の視察第一日目が終了しました。

 宿泊は、南陽市の赤湯温泉にある上杉の御湯「御殿守」。第二代米沢藩主上杉定勝公の時代以来、上杉家の別荘「赤湯御殿」として利用されてきた創業370年の歴史を誇る老舗旅館です。

 視察1日目は、かなりかつかつな日程だったとはいえ、見事なほどまでに充実した内容でした。本日学んだことを整理し、明日2日目の視察に備えましょう。

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