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ご挨拶
皆さん、こんにちは。
私は黒岩宇洋参議員の政策秘書として 4 年半、新潟県にどっぷりと浸かる日々を送ってきました。なかでも地元活動の主な拠点にさせて頂いた上越は、今や特別なほど愛着・愛情が湧く町。恋愛で言えば正に「惚れた」というやつです。
日々の政策勉強を通じ、私には確信していることがあります。それは、「地方の元気なくして、日本の真の元気なし」ということ。自らの考えを弾力的に行動に移せるよう国から地方に権力を分散させ独自の活力を奮わなければ、日本に真の元気は訪れないのです。
地方からの元気振興を本気で考える中、図らずも頂戴したのが、杉田弘美県会議員からの引退の内々報告と私への出馬要請。「本当に私で務まるのだろうか」と一旦は固辞させて頂きましたが、その後の周りからの説得や知人との相談もあって、私の中で「惚れた町のために是非役立ちたい」という想いが明確となり、このたび上越市選挙区から来年 4 月の新潟県議選に出馬することを決意致しました。
杉田県議から頂戴したバトンをしっかりと受け継ぎ、上越そして新潟の未来へとつなげるべく、私のこれからの人生全てをひたすら県民のためにとことん上越に注ぐ覚悟です。皆さん、どうか私の決意をご理解頂き、私と一緒に新しい時代の「新しい上越、新しい新潟」を創りましょう!
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梅谷守(うめたにまもる)1973年12月9日生まれ(34歳)

身長・体重

181cm ・ 75kg

血液型

A型

座右の銘 「至誠にして動かざるもの、未だこれあらざるなり」(吉田松陰)
⇒人は誠心誠意、真心を持って接すれば、どんなものでも感動しないものはない

家族構成

父は某音大ピアノ科の先生、母はピアノ教室の先生
3 人兄弟の末子。長男は作曲家、二男は銀行マン、そして三男の私は政治家志望と異色
現在は、妻と、長男( 4 歳)、二男( 2 歳)、長女( 0 歳)の 5 人家族


学歴

早稲田大学卒業


職歴

蝶理株式会社(商社)
衆議院議員細野豪志事務所政策秘書
参議院議員黒岩宇洋事務所政策秘書


現所属委員会

厚生環境常任委員会
2014年問題対策特別委員会
企業会計決算審査特別委員会

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政治を志した理由

 1997 年 3 月大学卒業後、同年 4 月に「蝶理株式会社」という商社に入社。研修を経て、スーツの裏地などを扱う衣料資材部の営業補佐の役割を担当。営業が国内外で行った売買に係る手続き処理や衣料資材の在庫管理などを行う。入社当初は毎日が充実していたが、仕事を覚え、会社組織の動きを理解するうちに、次第に「このままでは浦島太郎になってしまうのでは!?」という危機感を感じ、辞めるなら給料と生活サイクルがまだ合わないうちが良いと判断。およそ 10 ヶ月で退社することを決断した。ちなみに私の言う浦島太郎とは、定年退職した時の自分を想像した時、会社内で歳を重ね昇進しただけで、社会や世界ではどれだけの役割を果たし年齢を重ねることができているのだろうかという疑問のこと。

 蝶理退社後、貯えとアルバイト(カラオケ、学習塾講師)で生計を立てつつ司法の勉強をしながら、「自分は何をすべきか?」という自問自答を繰り返す日々を送る。こうした中、就職活動以来続けていた新聞等情報誌の定期購読が、私に政治への道を大きく意識させるきっかけとなった。

 継続した情報収集は、私の中の「点」だった知識を次第に「線」とし、やがて「図」へと変化させていった。すると、「日本はこのままでいいのだろうか?国際社会において尊敬される日本にしたい。そのためにも、どうしたら日本人一人一人が活き活きと暮らるのだろうか?」という想いが自然と湧き出してきた。これが私にとって政治を意識し始めた瞬間である。しかし、「政治家」を志すと決めたはいいものの、周りを見渡しても政界関係者などおらず、私にとって政治とは正に雲の上の存在であった。

 2001 年 2 月上旬、とある方から「政治家を目指すなら、『国家T種』、『司法試験』、『政策秘書試験』のどれかを取得するといい」というアドバイスを頂く。私自身、政治家の動きを間近で見ることのできる政治家秘書業に魅力を感じていたことや、試験日がなかでも直近だったことから「政策秘書試験」に焦点を当て、合格を目指し 3 ヶ月間必死で勉強を開始。そして 9 月上旬、晴れて政策秘書の資格を取得する。

 数名の議員との面接を経て、最終的に衆議院議員細野豪志事務所に採用。民主党内閣部会に所属し、民主党「国内テロ対策案」のたたき台の作成、温泉療養の医療保険適用を目指す「温泉議連」の事務局、国会質問・答弁案の提案・作成等々を行う。

 2002 年 4 月下旬、黒岩宇洋参議院議員の当選を受け政策秘書採用の面接をお願い。細野議員と話し合いの結果、 7 月末で細野事務所を辞めることを合意。 2002 年 8 月から黒岩事務所の政策秘書として勤務。事務所業務全般を任されながらとことん新潟に没頭し、そして現在に至る。

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