2007年03月24日

 今日は「春分の日」で休日なので辻立ちはお休み。9時からの集会に参加後、夜までずっと挨拶まわりを行いました。特に午後からは、昨日爆発事故を起こした信越化学工業直江津工場の付近住宅を近火見舞いに回らせて頂きました。
 午後いち、日頃より大変お世話になっている信越化学直江津工場の労組さんへお見舞い訪問。さすがに皆さん、だいぶお疲れのご様子。恐縮ながらも、被害状況や今後の動きなどについて伺いました。原因は調査中とのことでしたが、改めて重体・重軽傷を負われた方々や親族の皆様、そして周辺住民の皆様に心からお見舞い申し上げます。
 労組さんを離れた後は暗くなるまでお見舞い回り。まずは車で広大な直江津工場の外壁に沿って周辺住宅の被害状況をチェックします。ところが、外観からではどの住宅が被害を受けたのか分かりません。どうやら午前中じゅうに信越化学さんや消防隊などによって修復が施されたよう。そこで、地域の住宅に飛び込みのお見舞いまわりに切り替えます。
 まわらせて頂くと、黒井という地域で数軒、窓ガラスが粉々となり、中には窓枠もグシャグシャになったというお宅がありました。そこの住人の方のお話によれば、「中越大震災の再来か!?」と思わせるほどの強烈な振動が「ドーン!ドーン!!」と2度、短い間隔で襲ってきたとのこと。そこで揺れを確認したが何も感じられなかったので「信越か!?」と目を外に向けると巨大な煙が立ち昇るが見え、その下では工場の巨大な屋根がめくれていたそうです。
 興味深かったのが、信越さんの回りには家々が密集しているのですが、外壁に沿った家よりも少し奥まった住宅に被害があったということ。爆音の関係なのでしょうか。もちろん、事故直後、風に流された煙が立ち込めたため、家の被害の有無に関わらず、周辺の方々は付近の学校に臨時避難されたそうですが。
 いずれにしても、今回の爆発は直江津を揺るがすほどの大きな事故。信越化学さんにとっては周辺住民の皆様との信頼関係再構築という地道かつ困難な課題に立ち向かわねばなりません。そのためにまずは早急な原因解明。そしてそれに係る迅速な後処理と十分な説明責任が不可欠です。直接的な関係のない私が言うのも大変おこがましいやもしれませんが、住民の心に安心感を提供するべく、行政と連携しながら奮起して頂きたく存じます。

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2007年03月22日

 まずもって、市内の信越化学工業直江津工場における爆発事故で重体・重軽傷を負われた方々に心からお見舞い申し上げますとともに、周辺住民の皆様におかれましては、近火御見舞い申し上げます。
 さて、今日は大手町交差点の高田郵便局前で辻立ち。かなり雪が降っていたので傘を差しながらの演説です。演説を開始すると、地元紙の新潟日報が私の写真を取りに来ました。話しているところを四方八方からパシャパシャとやられるので、気にしないよう努めながらも、やはりどことなく意識してしまいますね。
 私は以前よく恋愛ドキュメンタリー番組「あいのり」を見ていました。撮影対象者(出演者)の周りにハンディカメラを抱えたカメラマンがいて、それを見るにつけ「よくカメラが気にならないものだ」と気になっていたのですが、本日改めて疑問が湧いてきました。もちろん慣れもあろうし人にもよるのでしょうが、彼らは本当に気にならないのですかね?それとも皆、カメラ用に大なり小なり自分を造ってるんぢゃないんですかね。ホントに不思議です。
 カメラマンがいたせいか、今日はほとんどの子供たちが私を避けるように素通りしていきます。一人だけ名刺をもらいに来た子がいましたが、その子も何となくモジモジ気味。正直寂しかったですね。毎週火曜の朝はかわいい元気な子供たちと会えるのを楽しみにしている自分がおりましたもので。良い子のみんな、来週からはまた一人だからよろしくな。
 演説終了後、午前中は事務処理。そして昼すぎから夜まで挨拶まわり。
 挨拶する最中、夕方近くだったでしょうか、消防車のサイレンがけたたましく鳴り響き始めました。気になってその向かう先に目をやると、なんと巨大な煙の柱がモクモクと立ち上っているぢゃないですか!そこですぐに情報収集したところ、冒頭申し上げた信越化学工業直江津工場さんの爆発事故でした。
 すぐに労組さんに電話し現場の状況を確認。駆け付ける意思があることも伝えましたが「現場の混乱がひどく今は来ないほうがいい」というお返事だったので、気持ちを必死で抑えながら、そのまま挨拶まわりを続けました。
 挨拶を終えニュースを見ると、事故の被害者数も増加していました。幸いなことに雨とも雪ともつかない霙が降っていたので、消火活動には大きな「天候助け」になったでしょう。しかし、それでも被害の抑制が非常に気になるところ。
 いずれにしても、信越化学さんはもとより周辺住民の方々にとっては、これから長い夜を迎えることになります。私は、被害が最小限に抑えられることを祈念しつつ明日近火御見舞いに行く決意を固めて就寝。早い夜を迎えさせて頂きますことをどうかお許し下さい。

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2007年03月20日

 寝不足で疲れが溜まっていたのか、いつもなら6時前から6時30分の間に目を覚ますはずが、なんと7時20分に目覚まし。「マズイ、7時30分から辻立ちだ!」急いでスーツに着替え、家を飛び出します。向かうは謙信公広場前。家から近い場所なので、なんとか5分遅れで済みました。
 演説の準備をしていると、手袋がない!?慌てて出てきたので忘れてしまったのです。仕方なく手袋なしで演説をスタート。突き刺すような冷気が地肌を鋭く貫き、演説開始直後から既に手がかじかんでくる始末。手と手をこすり合わせながら、気持ちで凍えをごまかそうと大声で必死に訴えました。
 演説が終わると、もはや寒さで体中がギシギシ。その上、我慢していた手のかじかみが急激な痛みを伴って襲ってくる始末。急いで家に戻り、暖をとるべく布団にくるまりました。
 「ハッ!今何時だ?」。気づくと、時はもう昼過ぎでした。すっかり寝入ってしまったのです。それでも、まだ頭がボーっとするので、気持ちを切り替えようと熱い風呂に入りスイッチオン。改めて戦闘態勢に準備。そして、挨拶まわりに出陣です。
 挨拶まわりを終え、夜9時30分、事務所で上越タイムスさんの取材を受けました。
 まずは今の新潟県政に対する評価や課題など、財政面を中心とする総論の質問からスタート。そこから政務調査費や佐渡汽船<小木直江津航路>などの個別論点に関する見解を問われました。
 次に、上越市に関する質問。上越市選挙区なのですから当然ですよね。そして最後は個人的な質問をされ、約1時間のインタビューを終えました。立候補予定者としてまさに「丸裸」にされてしまった感じです。上越タイムスさん、お忙しい中お越し下さり、ありがとうございました。
 質問の中で困ったのが、個人的質問のうちの「自己性格について」。しかも「欠点は?」。これは難しいですよね。欠点なんてありすぎて困るくらいですから(笑)でも、なかでもなにが最も自分に適しているのか・・・などと思索するうちに、ふと朝の出来事を思い出しました。うっかり手袋を忘れたことです。そこで口から出たのが「おっちょこちょい」。これって紙面に載るんでしょうから、皆様からどういう感想を抱かれるのかちょっぴり気になるところですね。
 いつのに載るかは分かりませんが、乞うご期待下さい。慣れない取材でガチガチな私がご覧になれますから(笑)

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2007年03月20日

 昨日(というか今日)の「NOVA」のゲスト出演の影響で、寝たのは3時近く。今日は5時からの集会を控えていたので、寝過ごさないよう、そして前回のように二度寝しないよう目覚ましを2つかけてから就寝しました。
 1時間半後に目を覚ますと、「うっ、気持ち悪っ・・」。前日もそれほど寝てなかったこともあり、過度の寝不足が極度の体調不良を訴えます。とりあえず胃袋に牛乳を流し込み、「目覚まし」ならぬ「体覚まし」を図りながら急いで会場へと向かいました。
 会は1時間半弱で終了。雪がそぼ降る中、私の相棒(自転車)とともに家に戻ります。家に着いたところ気持ち悪さが解消しきれていなかったので、再び床へ。ところが、眠気がすっかり覚めてしまっていて眠ることができません。仕方なくブログ作成や資料読みなどを行うことに。すると、あくびが出はじめたので「少し眠ろうかな・・・」と思って時計をチェックすると、なんともう挨拶まわりの時間近く。眠気とあくびをかみ殺しながら挨拶まわりに出動しました。
 夜、「つつい中郷後援会国政報告会」にお邪魔させて頂き決意表明。会終了後、中郷区の旧18号線沿いにある焼肉屋「越後屋」さんにて2次会に突入。ここのお肉はメチャクチャ旨いですよー。そのうえラーメンもイカしてるんです。好物にラーメンと焼肉を謳っている私にとって、その両方で最高の味を満喫することのできるというまさに至高の店。おススメです。
 お腹も気持ちも満たされた頃、2次会を中座。家路につきます。そして、家に着くとバタンキューして一日が終了しました。
 本日の感想を一言で表すと「キツかった・・」。ホント「寝不足は活動の大敵」ですね。笑顔を保ちづらくもなりますし。でも、寝ない分だけ活動できたと考えれば有意義だったとも言えますね。睡眠と活動の狭間で体調のバランスを取りながら4月8日まで突っ走って参ります。

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2007年03月18日

 本日の題名を見て、「英会話にでも通い始めたのか?」と思ったあなた。違いますからね(笑)
 今日は午前中、政策勉強を含む事務処理を行い、お昼近くに名立へGo!名立区在住の女性限定の集会「いくら丼の会」に参加しました。このいくら丼がバカ美味いのなんのって!その他の料理全ても五つ星クラスなんです。もう、名立は最高ですね。
 破裂しそうになるほどお腹いっぱいにさせて頂いた後、電機連合MARUWAユニオンさんの集会にお邪魔。10分ほどお時間を頂戴しお話させて頂きました。春闘などでお忙しい中ご配慮下さり有難うございました。
 夕方から夜にかけて挨拶回り。そして夜、「つつい木田後援会国政報告会」にお邪魔。私が住んでいる木田町内の方々を前に力強く決意表明をさせて頂きました。
 その後一旦家に戻って仮眠を取り、深夜0時、仲町のクラブ「NOVA(ノヴァ)」へと向かいます。なお、クラブと言っても、綺麗なおねえちゃん達のいる方ではなく、ズンズンした大音量の響きの中で踊りまくる方ですので、誤解無きようお願いします。って、どっちにしてもハデなことには変わりはないか(笑)
 ここNOVAでは毎月第3土曜日、私の応援歌を作詞作曲して下さったシバヤンキーさんが出演されます。そこで本日の出演時に私を紹介下さるというのでお邪魔をさせて頂いたのです。
 店内に入ると、ブラックライトによる薄暗い光のもと、腹の底まで響くような重低音が身体を包み込みます。受付を経由し細い通路を進むと、開けた踊り場が。その向かって一番奥にあるDJ部屋の正面手前に小高いステージが設置されていて、ミュージシャンが入れ替わり立ち代りでパフォーマンスを披露します。彼らが観客に向かって小気味良い言葉を吐き出すと、それに応えるかのように手を宙にかざしたり身をよじらせたりして熱く踊る若者たちの姿。その熱気とパワーは私の想像を遥かに超えていました。やっぱり音楽と若者の力は偉大ですね。
 1時間半ほど経った頃、いよいよ待ちに待ったシバさんが登場。鍛えこまれた早口テク。併せて繰り出される激しい体の動きや残像が残るほどの素早い手の動き。そして言葉の気迫。いや、ホントにこの人は素晴らしいです。最高にカッコイイ!見とれてしまいました。
 そして、シバさんの持ち時間の最後、DJに促され私もいよいよ台の上へ。マイクを手に観客の前で一言訴えました。 
 若者たちは上越への熱い想いが充分すぎるほどあるにもかかわらず、それを訴える術が分からず、「声なき声」となって燻っているのではと感じました。これからの上越を担う若者たちの想いをしっかりと受け止め、真っ直ぐ議会に届けるべく、今後もこうした機会があれば積極的に参加して参りたいと思います。
 いやー、それにしても貴重な経験をさせて頂きました。シバさん、寺島さん、松田さん、そして関係者の方々、本当にありがとうございました。 

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