2009年06月16日

 今日は朝5時の会から一日がスタート。それに向けて4時すぎに起きたのですが、目を覚ましたとたんに激痛がズキリ!!昨日のバスケの試合で負ったケガによって左手親指周辺がパンパンに腫れているぢゃありませんか。
 
 ベッドから体を起こし、スーツに着替えようとシャツのボタンに手をかけますが、「親」指が全く使えないためボタンが思うようにはめられません・・・。これほどまでに指は大事なのかと思い知らされます。
 
 痛みに耐えながら何とか一日の全日程を終了。夜10時過ぎ、腫れの関係で風呂に入るべきか否か迷いましたが、結局入ることに。湯の中で左手を見ると、朝方よりも広い範囲で色が青黒くなっていました。これはさすがに病院にいくべきかしら・・・?

 私は左利きなのですが、両「親」のおかげさまでエンピツとハシは右利き。そのため、今回のケガでは幸いにも実生活にそこまで支障をきたすことはありません。「親」のありがたみを改めて噛みしめます。

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2009年06月16日

 本日、上越市清里スポーツセンターでバスケ大会が行われ、私が最近所属したチームが登録。そこで私もスタメンで出場させて頂きました。
 最近子どもたちにミニバスを教えてはいるものの、体力的な不安と10年近くぶりの本格的な試合ということで、試合開始が近付くにつれて心臓がバクバク!!こんなに緊張したのは思いだせないくらい久し振りだったのでビックリです。そんな状況の中でしたが、いざ試合が始まると立て続けに2本のシュートを決めることができました。「これはいけるか!?」と思ったのもつかの間。シュートを入れて気を良くし飛ばしすぎたことから、開始からまだ5分ほどしか経っていないのに急激に体が重くなってきたのです・・・。このままではチームに迷惑をかけるとして、私から選手交代をお願い。ベンチに戻ると体中から汗が噴き出てきました。
 その後、コーチの指示に従って出たり入ったりのプレーをしましたが、一度出た体の重みが抜けきらず、終始思うように体が動かない現実に苦しみます。そして更に悪いことに、ボールの奪い合いになった時、左手の親指付け根を(たぶん)捻挫してしまい激痛が!
 その後、考えられないイージーミスをたびたび犯すなど、思うようなプレーもできずチームに迷惑をかけてしまいました。自己嫌悪・・・・。試合は結局15点差ほどつけられての敗戦。前半は同点で折り返したのですが、やはり体力の差なのか。試合後、負けた悔しさが体中を覆うとともに、私自身チームに迷惑をかけた罪悪感と己の非力さに無力感が大きくのしかかってきました。
 
 試合が終わると、2倍ほどに腫れ内出血を帯びた左手を動かさないよう気をつけながら2つの会に出席。色々な方々との会話を楽しみつつも、本日の試合のことと手の痛みが頭の片隅を占めて離れませんでした。
 バスケというハードなスポーツは、もはや私の年齢的にはそぐわないのかもしれませんが、それでも本日の試合が私の中で眠っていたバスケ魂に再び火をつけてくれちゃいました。今日のような不甲斐ないプレーは2度としないよう、時間を見つけてバスケの練習に力を込めて参りたい!そんな想いを新たにする一日でした。

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2009年06月16日

 本日は「スポーツ振興・健康づくり対策特別委員会」の開催日。今回は「スポーツを通じた県民の健康づくりの取り組みについて」をテーマに県からの報告ならびに質疑が行われました。
 私の質問概要は以下の通り。少し長くなりますことをお許し下さい。

<県庁職員の運動習慣について>
 県は「健康にいがた21実行計画」を今年1月に改定。その中に、「運動習慣のある人は約2割であり、全国平均を下回っています」との現状分析があります。(ここでいう「運動習慣のある人」とは、「週2回以上」、「1回30分以上」、「1年以上継続」の運動をしている人のことを指す。)
 そこで、少々いじわるだったかもしれませんが、県庁職員の運動習慣に関する現状について伺いました。というのも、発案主体自身が当然にその目標をクリアし、「これだけ運動習慣を行った結果、これだけの効果が出るのだ」ということを体現することで、県民に対する実行計画推進に向けた説得力も増すのではないかと考えたからです。
 県の答えは、予想通り、県庁職員だけを捉えた調査は行ってないとのことでした。それを受け、私から「もしよかったら検討して下さい。」と、「やんわり」提案して参りました。

<総合型地域スポーツクラブについて>
 文部科学省は2000年に「スポーツ振興基本計画」を策定し、スポーツ振興政策を発表。2006年に計画の進捗状況を踏まえ見直し改定を行っていますが、その政策目標のひとつに「生涯スポーツ社会の実現に向けた、地域におけるスポーツ環境の整備充実方策」として「国民の誰もがそれぞれの体力や年齢、技術、興味、目的に、いつでも、どこでも、いつまでもスポーツに親しむことができる生涯スポーツ社会を実現する」こと、その目標として「出来得る限り、成人の週1回以上のスポーツ実施率が50%以上となることを目指す」ということが挙げられています。そして、政策目標達成のために必要不可欠である最重点施策として、総合型クラブの全国展開を挙げ、その到達目標を「2010年までに、全国の各市町村において少なくとも1つは総合型クラブを育成する」としています。本県の現状を見てみると、31市町村のうち設置済みは、14市町村32クラブであり、目標まで遠く及ばない状況にある。
 そこで、この点を改めて指摘するとともに、将来的には中学校区程度の地域での定着を目指す国の方針に基づき、本県のその定着率を尋ねました。これに対する県側の答えは、割合を把握していないとするもの。ですので、私から以下のように現状説明と提案を致しました。

 「国の調査によると、我が国では公立中学校数10104校における創設率は27.3%。そして、新潟県では設立準備中も合わせると14.4%になるという研究結果がある。従って、本県は中学校区程度のクラブ定着率を見ても、全国以下だ。
 また、県内各市町村別中学校区創設数の割合によれば、上越地方45.2%に対し、佐渡地方は6.7%、中越地方は10.4%、下越地方は7.4%と軟差が生じており、総合型地域スポーツクラブの創設割合が地域間によって差があることがわかる。
 まずは1市町村につき1つという目標を達成しなければならないが、将来的には中学校区程度の地域の創設率も上げていかなければならない。格差是正、かつクラブを作ることが目的とならず各クラブの継続的な維持・発展のためにも、総合調整機能を有する機関「新潟県広域スポーツセンター」を設置するべきではないか。大半の都道府県ではすでにこうした機関を設置している。
 また、広大な県土を有する本県の特徴に合わせ、上越・中越・下越・佐渡の4か所にもそれぞれ広域スポーツセンターを作るのはいかがか。いわば、本社機能が新潟県広域スポーツセンターで、支店がそれぞれの4か所。そして営業所が総合型地域スポーツクラブというきめ細かい体制を整えることが今後の持続的な発展につながっていくと考える。もちろん、各総合型クラブの主体性は何よりも大事にしなければならないことは言うまでもない。
 この点をぜひご検討頂きたい。」

 と大変長くなりましたが、以上のように質問したところ、国体・障害者スポーツ大会局長から「広域センターを設置して、調整機能を含めて進めるのが一番いいと思っておりますので、そのセンター設立については今後の検討課題と今現在は捉えております。」との答弁を頂きました。是非、前向きかつ迅速にご検討して頂くことを期待します。

<スポーツ非実施者への対応について>
 県民の健康づくりに向け、運動習慣のある人が2割にとどまっている現状を打破するには、スポーツをしてきた経験がほとんどない「スポーツ非実施者」に対し、どのようにアクションするのかもポイントではないかと考えます。というのも、かつてスポーツをしてきた人はなんらかのきっかけによって再び運動習慣を持つことも十分に考えられますが、運動習慣にほとんど触れてこなかった方々にとってはなかなか受け入れがたい部分もあるはず。
 そこで、県に「スポーツ非実施者」の現状について伺いましたが、具体的な数字は未調査とのこと。ですので、調査を勧めるとともに、その対策にもしっかりと着目するよう指摘して参りました。

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2009年06月12日

 本日夜、「ノーモア・ミナマタ 新潟全被害者救済訴訟」の前夜集会に参加して参りました。

 以下、いただいた資料から抜粋しますが、ご周知のとおり、水俣病とは、企業の生産活動に伴う工場廃水に含まれるメチル水銀が川や海を汚染し魚介類への蓄積を経て地域住民の対内に侵入して発生させた中毒疾患であり、メチル水銀による健康障害の総体です。
 水俣病の主な症状は手足の感覚障害をはじめ、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄、聴力障害等がありますが、発生初期と違って現在の被害者の症状は水俣病の典型的な症状が全部揃わない、いわゆる不全型が多く、様々な自覚症状を訴える被害者が多数です。

 九州・熊本県水俣市で水俣病が公式発見されたのが昭和31年。新潟水俣病が公表となったのは、それから10年近くも経った昭和40年6月12日のことでした。
 その後、新潟水俣病の被害者たちは昭和42年、日本初の公害裁判を闘い、加害企業の責任を認めさせ補償を勝ち取ります。
 しかし、昭和48年の公害健康被害補償法に基づき、水俣病患者認定数が激減。そこで昭和57年、加害企業と国を相手に第2次訴訟を提訴。そして平成7年、政治解決による和解を勝ち取りました。
 これで水俣病問題は一応の解決を見ましたが、平成16年の熊本水俣病関西訴訟最高裁が「これまでの基準に比べて緩やかな基準で水俣病と認める」判決を確定。これ以降、九州や新潟では救済の声を上げる新たな被害者が3万人を超えています(新潟県内では約300人)。
 
 こうして3万人を超える水俣病被害者の早期完全救済が今大きな政治課題となるなか、与党は「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」を国会に提出しました。が、その中身は、被害補償額が少ないこともさることながら、対象者限定により6割の被害者に救済の手が行き届かないもの。加えて、「加害企業チッソの消滅」「地域指定解除による救済制度の完全廃止」となるなど、いうなれば「加害企業を逆に救済する中身」ともとれる法案なのです。
 こうした多くの問題が未解決のまま放置されている現状を打破するべく、「ノーモア・ミナマタ 新潟『全』被害者救済訴訟」が立ち上がったのです。

 集会では、はじめから水俣病訴訟に関わってこられた馬奈木昭雄弁護士による特別講演も含まれていたのですが、これが大変興味深いものでした。
 特に印象的だったのが、決定権・認定権が官僚の側にあることが最大の障害だといったくだり。そのたとえとして先生はこう述べてらっしゃいました。
 「交通事故で加害者(国)が被害者に対し、『誰が被害者なのか、被害の程度はどれくらいか、救済の程度はどんなものか、加害者の俺が決める』と言い放っているようなものだ。こんなとんでもない言いがかりがまかり通っている。だから50年もの間、戦い続けてきたのだ。従って、この戦い(訴訟)は『国の決定権限を誰が有するべきか』の戦い。国が、官僚が決定権限を握っている限り解決はない。」
 まさに圧巻でした。

 解散総選挙が近づいてきていますが、この最大の争点は「官僚依存政治の打破」。従って、政権交代が実現すれば、私たち民主党は官僚から決定権限を取り上げる覚悟です。
 政権交代こそが、水俣病「全」患者を救済し、この国を変えることができる最大の処方箋だということを改めて確信した夜でした。

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2009年06月09日

 今日は月曜なので、夜は恒例のミニバスのコーチに行って参りました。えっ!?「梅谷がそんなことやってるなんて初めて知ったよ」ですって??そうなんです。皆さんにまだご報告していませんでしたが、実は私、4月からミニバス(小学生のバスケットボール)のコーチをしているんです。時間帯は、毎週月曜日19:00~21:00と土曜日9:00~12:00。場所は、高志小学校の体育館にて。対象は、小1~小3の女子(なかには幼稚園児もいます)。もちろんボランティアっす。

 思えば、木田の懇親会で私がバスケをしていた話をとある方にしたことがきっかけでした。その数日後に私の携帯に電話が入り、「4月からひとりコーチがいなくなるので、やってもらえないか」と勧誘されてしまったのです。
 私自身、花見の時期の宿命か、このところ丸みを帯びたように感じてならなかったため運動不足解消のスベを探っていたところでしたし、バスケをこよなく愛する私にとって、上越の子どもたちにその楽しさを感じてもらうお手伝いができることはまさに望むところ。そんなこんなで、このお誘いを快諾したのでした。

 指導陣の体制は、指導歴9年かつ上越市のミニバス大会で大変実績のあるIさんが小4・5・6年生を教え、残りの子供たちをIさんのバスケチームのチームメイトという方と私で担当。
 私は大学時代、某短大でバスケのコーチをしていた経験はありましたが、小学生のそれも低学年となると全くの未知の世界。初練習日の直前に「ミニバス指導について」の本を購入し、とりあえず知識から入りました。

 そして、いよいよコーチ業スタート!ところが、始めてみると、これがなかなか大変・・・。練習日の多さで日程のやりくりが難を極めることもさることながら、子どもたちがなかなか思うように練習メニューに取り組んでくれないのです。もちろん、そうでなければ逆に子どもらしくないですが(笑)
 とはいうものの、何事にも共通するのでしょうが、上達に向けて最低限必要な、でもだからこそなのか退屈な練習もあり、それらに「どうしたらしっかりと取り組んでくれるのだろう?」とか「どこまで細かく教えるべきなのか?」等々、まさに悪戦苦闘状態。とりあえず、子供たちがバスケを好きになって上手くなってくれることが大切なので、そこに繋がるような指導を個人的には心がけているところです。

 この話をしていたらキリがないのでここいらで止めますが、いずれにしても、私自身教える立場にはありますが、教えることで逆に学ぶ部分もあります。ともすると、ここでの経験は今後の私の政治人生にとっても大きな宝物になるかもしれません。また、彼女たちが練習を重ねるごとに徐々に上手くなっていくのを見ることはこの上ない喜びです。自分にとって、そして子供たちや親御さんたちにとっても大いに得るものができる、そんな豊かな一年にして参りたいものですね。

 高志地区のバスケ少女たちが大いに羽ばたくべく「とことん」応援して参りましょう!!

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