2008年02月16日

 今日は家からすぐ近くの上越市役所前交差点にて辻立ち。雪が結構降っていたので、背中と腰にホッカイロを貼っての出陣です。おかげで演説終了後にガタガタ震えることもありませんでした。
 午前中から午後にかけて質問づくりの準備。
 16時、とある上越市議選立候補予定者の事務所にお邪魔し予定候補と懇談。
 17時30分、子安にて陳情受け。
 19時、とあるNPOの総会に出席。
 20時00分、上越JCの私の同期で構成された「ウッカムズ」の会に参加。久し振りの仲間たちとの懇親に一息つきます。
 21時に会を中座し、質問準備。そしてようやく一日が終了です。
 質問通告が迫る中、まだまだ質問内容を固め切れていない状況に焦りを覚えます。まず間に合わせるべくは18日17時までの第一弾通告。質問全体の流れを頭の中で模索します。

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2008年02月16日

 今日は終日質問準備に奔走。自分の抱いている問題意識を具体的な形にすべく、役人からのヒアリングなどを通じて質問つくり前の調査を行いました。
 夜、月いちの定例会「雲の会」に参加。イタリアン料理に舌鼓をうちながら、気の置けない仲間たちとともに懇親交流です。こういう会はいいですね。
 ところで本日はバレンタインデーでした。皆さんはいくつもらいましたか?私は妻からの一つだけでした。さすがにこの年になるともらった数を気にすることなどないですが、学生時代にドキドキソワソワした自分を思い出し懐かしさに浸ります。
 さて、ホワイトデーには何をお返ししようかな・・・。

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2008年02月13日

 今日は朝から県議会へ。「民主にいがた」の党議に出席しました。内容は、「2月補正予算案」と「平成20年度予算案」に関するレク、ならびに「G8開催に向けた警備体制についてのヒアリング」。2月定例会に向け、いよいよ本格議会モードに突入と言えます。
 午後、溜まっていた所要の処理や陳情受け。それらが一段落した後、いよいよ一般質問の準備を開始。まずは財政課の方に来ていただき、県債残高などに関するレクを受けました。
 これから私の質問予定日である29日までは地元日程をこなしながらもパソコンとのにらめっことなります。さあ、頑張るぞ!

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2008年01月30日

 今日は朝6時から集会に参加。外は風が強くメチャ寒・・。しかし積雪量がそれほどでもなかったので、長靴ではなくいつもの革靴で向かいました。
 会終了後、会場が自宅から近かったので歩いて帰る道中「ズルッ!」。気をつけていたのに、うっかり滑ってしまいました。それも2度。「アイタタタタタ・・・」。強烈な尻もちによる激痛が。そんな私の滑稽な姿をよそに、周りの人は素知らぬ顔で私を横切っていきます。そうですよね。逆の立場だったら笑うわけにもいきませんし、ジッと見るのもなんだか失礼でしょうからね(笑)。
 そんなこんなで、細心の注意を払いつつもなんとか帰宅。腰が痛み続けていたので、大事を取って、本日の辻立ちはお休みしました。
 10時、子どもの保育参観(授業参観)。私の長男・次男それぞれの活躍に目を細めて参りました。驚いたのが、平日にもかかわらずパパさんが結構いらっしゃったこと。そうですよね。子育ては一生に一度ですものね。子どもたちにとっても貴重な思い出になることは間違いありませんし。
 夜、新潟ブロックJCに参加。本日は長岡にて委員会。10月27日の県知事選挙における公開討論会を実施する、その広報担当班の一員として議論して参りました。
 終了後、お決まりの飲み会。そして上越へ。
 腰の痛みからか、今日は結構しんどかったですね。明日に備え、睡眠をもって体をいたわることにしましょう。
 

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2008年01月25日

 今日は朝から妙高市入り。私が大変お世話になっている方のご尊父様が亡くなられたと伺ったので葬儀に出席しました。
 午後からは挨拶まわりと事務処理。
 夜、上越JC。今年度私が所属するのは「地域の魅力醸成委員会」で、本日第5回目の会合が開かれました。政治の立場とはまた別の角度から上越の将来像を見つめることのできる絶好の委員会です。今年一年、出来る限り頑張って参りましょう!
 委員会終了後はお決まりの飲み会。以上で一日が終了。

 本日の葬儀について、喪主の方のお話によれば、亡くなられた方は大正2年生まれ。今で言う妙高市で働いていましたが、旧大日本帝国が支配していた満州へ移住。そして第2次世界大戦末期に旧ソビエト連邦軍の満州侵攻によってシベリアに抑留され、2年半以上もの間強制労働に使役。抑留から開放された後は生まれ故郷に戻り、地元企業に定年まで就職。それ以降は晴耕雨読の日々を送られ、21日に94年の人生を終わられたとのことでした。
 激動の時代を必死に生き抜き、これまで精一杯日本を支えて下さったひとつの時代の終焉。正直一度もお会いしたことのない方ですが、切なさを感じずにはいられません。改めて心からご冥福をお祈り致し合掌です。。

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